ゲームは1日1時間ルールが間違っている理由

J.Stone J.Stone

ゲームは1日1時間、ゲームを悪影響と感じ規制するのには限度があります。そんな一昔前からある家庭のルールに、今回は実体験から効果や反論をぶつけていこうかと思います。

ゲームは1日1時間ルールは間違っている!

ゲームは1日1時間!
嘗てそう言われていました時代がありました。
いまでは当たり前のようにスマホでゲームをする大人が多くいますが、一昔前はゲームに市民権がなく、ゲームを大人がするなんてもってのほか、趣味がゲームなどと言えば社会不適合者扱いという風潮でした。当然子供がゲームをするのを好まない親も多く、害があるだの学力が下がるだの…何かにつけて止めさせたり、学校でもゲームをしてはいけないというような教育を受けてきたのではないかと思います。
実は筆者も、子供時代にこのような教育を受けてきた世代であり、ゲーム1時間ルールの家庭で育った一人です。

さて、実はこのネタは筆者の体験談をもとに、実際にゲーム1時間ルールが機能していたのか?…という体で前から記事にしようと思っていたわけですが、ここにきて久々にゲーム規制系のニュースが飛び込んできたので、この機会にお話ししようという事になりました。

最近話題となっているゲーム規制条例は香川県で草案が提出されたもので、ゲームを規制することで子供の学力などを高めようという魂胆だそうです。
内容は一部ですが以下のようになっています。

子供のスマホなどの使用は1日1時間(休日は90分)を上限とし、小中学生以下は午後9時、それ以外は同10時以降の使用をやめるよう求める。※罰則規定はない。Yahoo News

素案は前文で「ネットやゲームの過剰な使用は学力や体力の低下のみならず睡眠障害や引きこもりなどを引き起こすと指摘され、国内外で大きな社会問題となっている」と強調している。Yahoo NEWS

やはりいつの時代も物事を根拠なく主観的に捉える人間というのはいるものですね。きっと都合が悪いのでしょう。
この条例に対して思うことについては、後半で若干触れていきますので、まずは本題に入りたいと思います。

ゲーム1時間ルールのメリット・デメリット

さて、前置きはこれぐらいにして、ゲーム1日1時間ルールが何故無駄と思うかを、実際にそのルールで生きてきた筆者が語っていこうかと思います。
わかりやすいように、メリットとデメリット、想定される質問に対してのQ&Aという形にしてまとめていきたいと思いますので、よろしければお付き合いください。

メリット

目に良い

視力には直結しないが、ずっとやっていれば多少は落ちる。というか近距離に特化した目になるので近視になる。
やるよりは多少マシであるというメリットでしかないと思うが。
最も大半は遺伝であり、勉強しすぎでもなるので、一概には言えない。

電気代が数十円安くなる

うまい棒1本分は買える。どうしても10円分おつまみが買いたい親御さんは是非。
ちなみに一昔前はゲームボーイをするのに電池代がかかっていたので、今よりはコストかかっていたと思う。

クリエイティブになる

制約された環境下では想像力が増長されるケースが多い。
要は楽しみを制限されすぎると自分で生み出すようになるし、ハングリーが溜まるのでクリエイティブな発想が蓄積される。
あれが欲しい・これが欲しいという鬱憤をクリエイティブな分野に使う事もできる。中にはゲームできない腹いせからゲーム製作しちゃったり、ゲーム歴よりゲーム制作歴の方が長かったりといったイレギュラーも発生する可能性も。(絵が上手くなりたいという理由で、美味いものを一切食べずに生活。その結果食べたいものを絵にかくことで満たし、それが画力アップにつながったという荒っぽい手段を使ったアーティストがいたとかなんとか)
但し、全ての子供がクリエイティブで能動的とは言えないので、結果を残す人はむしろイレギュラーなのではないか。そもそも将来クリエイティブな職に就く人は、元々我が強すぎて人の言う事一切聞かずに振り切っちゃってる人が多いと思うので、”規制=専門職の育成”には直結しない。リスクは高いのでオススメしない。

デメリット

ゲームをやめても勉強はしない

勉強に夢中になれないからゲームをしてるだけで、無くなれば別の対象に移るだけ。スポーツしかしないのも一種の逃げである。(但し逃げは悪い事ではない)
そもそも勉強が嫌いというのは”学校の勉強が嫌い”という意味なので、全く違う分野の勉強を始めてしまうかもしれない。ゲームをすることもある種の勉強(分析・研究)である。
最も大抵は寝るかマンガ読むかおもちゃで遊びます。何をやっても勉強しないのは勉強の楽しさや快感を知らないからなので、結局親の背中を見ているだけである。
何度も言うがゲームをやめさせたら勉強をやると思ったら大間違いだ。

隠れて結局やる

夢中になっていることは誰にも止められない。大抵は夜な夜な隠れてやることになり、帰って夜更かしや睡眠不足を増長させる。
だったら日中にプレイしてもらえばいい。

尊敬されない親になる

ゲームをしてほしくないという本心は子供に透けて見える。
結果として、個人の思想や主観を押し付ける親というレッテルを貼られ、親への敬愛さは失われる。
もしも、ルールに明確な根拠や理論があれば、納得するはずだろう。
子供は親を無条件で尊敬はしない。親を親と決めるのは結局子供なのである。

学校でおいてけぼりになる

子供の事を考えるならむしろゲームをさせるべきだ。
昔ならTVやラジオの話題だったかもしれないが、今の時代、学校の話題はゲームがほとんど。それかYoutube。
1時間ルールによってゲームの話題を奪ってしまい、結果的に社交性を低下させたり、インドア化を加速させているのではないか。
子供をアウトドアにしたいのはわかるが、逆効果であることを受け入れ、その上でゲームと並行してアウトドアな趣味も入れていけばいいのではないか。

友達が出来なくなる(コレもマジ)

ゲームをしないということは話題に入れないという事。
話題に入れないということは会話が出来ないし、誘われないという事。
結果として学生時代はぼっちが確定する。今の時代はゲームがコミュニケーションツールなのだ。

騒がしくなる

大人の都合だが、ゲーム中は夢中になっているから逆にありがたいものだ。非常に家の中が静かになる。
しかし、ゲームを制限すればどんちゃん騒ぎする時間が増えてしまう。しかも大のゲーム好きは1人好きでインドアの傾向が多い。家の中でチャンバラやったり、秘密基地作ったりするようになるかもしれない。
ゲームは沈静効果があることを覚えておこう。

大人になってから極度のゲーマーになる(マジ)

ゲームが好きな人は元々インドアの傾向がある。なので大人になってからゲーマー化する傾向は非常に強い。
※筆者も20歳超えてからゲーマーになった遅咲きゲーマーである。

テクノロジーに弱くなる

ゲーマーはハードにも強くなるし、ロジックを覚えるようになる。
しかし、ゲームをしないとそれらに触れる機会が減り、結果としてテクノロジーに弱くなる。
私の経験だが、ゲームをしない80%の人は機械音痴だった。それは当然である、触れた時間が少ないのだから。
しかも今の社会上、テクノロジーに強いことは強みになる。ゲームをすることで将来活躍できる可能性が増えるのだから、やらせないのはデメリットでしかない。

直感が薄れ、合理性がなくなる

ゲームを極めて行き着く先は効率。仕様を瞬時に理解する勘も身に付く。社会で大切なトライ&エラーも身に付く。
ゲームをしないと効率は落ちるし、直感も働かない。トライ&エラーもできないので挑戦心が減る。
やり方も影響あると思うが、ゲームをすればメリットは山ほどある。

ゲームが進まず気が散る

1時間じゃまずクリアできないので、勉強中に次のストーリーが気になって集中力散漫になってテストがボロボロになる。
特にRPGやサンドボックスは1時間では終わらない。昔であればセーブポイントに行かないと終われなかったので、何度も同じエリアをやり直す羽目に。最も効率は良くなるのだが、鬱憤はたまる一方だ。
行き着く先は授業中に、ノートに洞窟の見取り図を書いて、どのルートで進行するかを分析しだす。こうなれば勉強など二の次。結果としてゲームの成績は上がるが、通知表は壊滅するだろう。

Q&A

法で規制すれば子供も従うのでは?

親が子とまともにコミュニケーションできなかったり、家庭内教育ができないのを法に任せてるだけで、親失格アピールしているだけなので愚かな発想ではないか。

Q. 依存度を食い止められるのでは

無我夢中になっている奴を止められるのは人生を終わらせる以外にあり得ない。
仮に、自室から1週間出てこないというのであれば問題だが、それは家庭環境に問題があるので依存の根本は別にあると思った方が良い。
依存は回避行動なので、家庭や周囲に極度なストレスや苦痛があると思われる。依存症やひきこもりの親は大抵毒親。そちらを解決しないといつまでたっても解決しない。
親自らの変化や行動を持って我が子を導いてみてはどうか。

Q. ゲーム止めたら外で遊ぶのでは?

そもそも子供は遊びに外遊び中遊びを求めていない。面白いことを夢中になってやっているだけで、それがたまたまゲームだった。
中にはそれが映画な子もいるし、勉強の子もいる。サッカーの子もいるし、工作の子もいる。
近年は田んぼに入って相撲やってド叱られることもないし、ザリガニ釣る池もないし、カエル爆破することもない。そもそも公園すらない。
あれやっちゃだめこれやっちゃだめと、イソギンチャクの如く何かと親がくっついてくる現代では、外でのびのびと夢中になることは出来ない。だからゲームに走る。
それを提供できない親の元ではいつまでたっても興味の対象は変わることはない。

Q. ゲームはコミュニケーション力が下がるのでは

親の背を見て育つのが子供。
子供のコミュニケーション力が低いのは親のコミュニケーション力が低いから。
子供と向き合ってない親の元で、コミュ力高い子は生まれない。ゲームのせいにせず自分を直した方が良い。

Q. 暴力的なゲームをやらせないことで健全に?

ならない。
規制したことによって生じた鬱憤を暴力ゲーで埋めるようになり、よりハマってしまう。逆効果でしかない。

Q. ゲームは幼稚な遊びじゃないの?

大人のゲーマーの多さに驚くだろう。
驚くだろうが、遅咲きゲーマーだから話せる人増えないと思ったが、昔より交流が増えた!すげぇ!
視野が狭いか、あなたが興味ないだけ。というかその発想しかできない人の脳が幼い。
好奇心と純粋な感動は高知の現れだ、誇れ。

Q. ゲーム脳になるでしょ?

あれは疑似科学と言われている。しかも提唱した人の専門分野は文学であり、理系でもなんでもない。解のない論理はただの妄想。
そもそも人から影響を受けるのが人間で、創作物は人の片割れなので影響受けて当然。本、映画、テレビ、ラジオ、学問、ゲーム…全て影響を受ける。
ゲーム脳になってゲームしか考えられなくなり、切れやすく、学力が落ちるというのは根拠に乏しい。
というか夢中になったらサッカーでも野球でも勉強でも無我夢中でやりだすもの。それであれば人を夢中にする全てのもので脳波を検査しなければ釣り合わず、例えばサッカー脳などが存在しないと釣り合わないのでこの論理は信憑性が低くなる。

Q. ゲームをしなければ将来子供がモテるようになる?

オタクでめちゃくちゃモテる奴もいるので一概には言えない。
そもそもゲームに熱中する子供はインドアで一人を好む性格が多いと思うので、無理に変化させるとかえってストレスになると思われる。
但し、インドアで根暗になり易いという意味であれば、多少ありうるので、自分の子供をモテモテにしたいのであれば、強制しない範囲でアウトドアをかじらせるのはあり。
オススメはMinecraftをしてからのキャンプ。実際に作る楽しさを覚えたうえでリアルの自然で試行錯誤すると深みが増して面白いと思う。

ゲームのやりすぎを止めるには

とはいっても、丸一日ゲームをし続けているというのも困ってしまうだろう。
私の意見としては、家にいる間はゲームをしてるのは何ら間違っていないと思う。だって家だし。
ただ、夜更かししたり、夜中まで騒いでいたりするのは問題なので、そういったものは何時までというルールは合ってもいいと思う。
当然、無我夢中でやりたい子供は反論してくるだろうが、明確な根拠・理論があれば納得してくれるのではないか。

最も、日中ずっとゲームしていていいのであれば、夜中やれないことに文句をつけるのは稀だと思うが……。
それでも夜中にプレイしたり、ひきこもってしまったりするなら、それはゲームではなく家庭の何かに問題があると思う。
なので、行動がおかしければ、行為自体ではなくそこに付随する要因を解決するのが大切だと思っている。
子供と言えど親に全部打ち明けるわけではないし、個人のアイデンティティもある。
そこから一歩超えるのは、ゲームを規制することでもなく、ルールで縛り付けるのでもなく、結局のところコミュニケーションなのではないだろうか。

ただ、何度も言うが、勉強させたいからゲームを減らすのは効果がないと思う。ゲームを制限しても別の何かに移るだけだ。
なので勉強をさせたいのであれば、まずは親自身が無我夢中で勉強している姿を見せつけるしかない。行動で楽しさを伝えるしかない。結局これしかないと思う。

条例が反発を食らう理由

最後に、この県条例が問題視されている点について軽く触れて、問題視されている理由を自分なりの考えでまとめて終わろうと思います。
この県条例の問題点は、「ゲームが悪影響である」という主観的判断のみで構成された、科学的根拠も信憑性もない内容にもかかわらず、県条例として定めようという点。規制に対してのメリットのある目的が曖昧又は明確ではない点。そして、法や条例が家庭教育にまで踏み込んでしまっているという、ラインを超えた内容である点の3点であると思います。

ゲームが悪影響であるという事を言うならば、スポーツもまた害であり、座学もまた害であるのですが、この点には触れられておりません。
運動をし過ぎれば身体を壊しますし、特に子供時代に無理なスポーツをすれば生涯残るような障害や、二度とスポーツが出来ない身体になってしまうこともあります。当然、勉強ほったらかしでスポーツをすれば学力は下がります。未だにスポーツのみしていればOKという体育会系的な流れが残りますが、そちらが問題視されずに文化的側面のあるゲームにだけ焦点が当たっているのは、条例の練り方が甘いと言わざるを得ません。
勉強もそうです。勉強だけしていては体力は落ちますし、将来的に体力のない大人になってしまい、結果として習得した学力を生かす機会が失われてしまう事にもなりかねません。しかも運動をしなければ脳も働きませんので効率は悪くなります。これも議論の対象になっていないので、この条例に個人の思想や主観が反映されているだけで、何のメリットも根拠もないことが明白になります。
つまり、何事のやり過ぎれば害になるし、視野を狭く持てば将来が不利になるだけです。

目的も曖昧です。
子供に勉強をさせたいという意図はあるようですが、恐らくこの条例を作った人からはゲームが嫌いだから遊んでほしくないという理由が少なからず感じ取れます。これはメリットもなければ思想の強制です。
先入観や主観でルールを決めてしまえば、だれも従わないですし、可決したとしてもいずれ反発が生まれます。喜ぶのは都合がよくなった人たちだけです。それはルールにする必要性を感じません。
そしてあくまでゲームをさせるorさせないは家庭教育の問題であり、国や県が関与していい事例ではありません。そのリミットを超えすぎると、社会全体が窮屈になり民主主義や主体性が廃れます。

結局のところ、「子供を教育できる能力がない大人がゲームや条例を盾にして己の無能さをアピールしているだけ」なのです。
条例の前に、大人・親自身が成長し、コミュニケーションと自己判断で子供の成長に向き合うべきであると私は考えます。

ちなみに、ゲーム1日1時間ルールで生きてきた私としては、あんなルールはまるで役に立たないというのが結論です。
そして、子供ながら「自分がゲーム嫌いだから思想押し付けてるだけじゃん」という思いを持っていたこともあり、結局親への敬愛さを失っていくだけだと思います。
押さえつける教育より、無我夢中に挑戦させることが何より大切であると考えます。夢中になったことは将来少なからず役に立つのではないでしょうか。

結論

ゲーム1日1時間なんざ無駄だ!
勉強させたきゃ親が必死でやって見せろ!
根拠もない変なルールを作る前に、もっと子供と向き合いましょう。

Nintendo Switch 本体
詳細情報

参考価格:¥32,978(執筆時調べ)

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コメント/情報提供
  1. 刺酢瀬梳 より:

    過剰的表現、暴力的表現がややあるな、、、と思いました。

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