物事に飽きない人になるには?

J.Stone J.Stone

「飽き」という感覚。アナタにもありますか?

皆さんは飽きたことがありますか?
人間は適度な刺激がないと、物事に対しすぐに飽きてしまうと言われています。
それが例え自分の好きな事であろうと、何故か続けていれば飽きてしまうというのです。

しかし、中には「飽き」というものが全くと言っていいほどない人もいます。
私もそうです。「好きな事でも飽きる」というのが未だに理解できません。

飽きないで取り組める人になりたい!

そんな悩みを持つ方が多少でもいらっしゃると最近聞きました。
そこで、今回は「飽き」が来ない為にはどうすればいいのか?どういった思考や姿勢でいればいいのか?
私の思う視点でこの疑問や悩みに答えていこうかと思います。

物事に飽きない人になるには?

1.飽きない人は追究に喜びを見出す

飽きない人は追究します。
これは恐らく共通点です。

例えば音楽にハマったとします。
普通の方であれば、軽く聞いてそのうち別のモノに移ります。
確かに、追求型の方でもいずれは別のモノの移りますが、自分が納得するまで聞き続けるという違いがあります。

とあるアーティストにハマれば、その方の影響元や音楽ジャンルの歴史まで調べ上げます。
更にそれが仮にロックであれば、ロックと言われるジャンルで有名な方から世界各地・時代の有名トップ10まで聞き始めるのです。
次第にそれはロックほぼ全域まで広がり始め、細分化されたジャンルの探求に移るのです。
まるで辞書の様に吸収していくのです。面白い事は勝手に記憶していきます。

そうです。実は彼らも細かい部分では移っているのです。
しかし、1つの大きな枠の中にある細かい事を知るまで徹底的に取り組んでしまうのです。

ですが、これでは耳が慣れてきてしまいますよね?
そこで、彼ら飽きない人は次のような行動をしているのです。

2.飽きない人は並行して行う

飽きない人の共通点があります。
それは並行して物事を行う事です。
実は、飽きない人は複数の物事を、同時進行している場合が非常に多いのです。

先ほどの音楽を例えにした話を続けましょう。
ロックばかり聞いていると耳が慣れます。それが恐らく飽きにつながると思うのですが、
飽きない方は並行して別ジャンルも開拓し始めます。

例えばジャズ。
ロックとジャズを並行して探求します。

もしくは、ロックの中の数分野を同時に探求します。
例えば、パンクロックとヘヴィメタルの様に。
分かりやすく言うならば、「社会科」の中にある「日本史と世界史」を同時にやっていると思ってください。

これは学生時代の「教科」に近いかもしれませんね。
数学と理科、国語と世界史の様に、学生時代でも時間配分によって複数をこなし、それを吸収していたはずです。
その理論を日常でも無意識にやっているだけだと思うのです。

複数を少しずつ長くやれば、飽きることはなくなると思います。

3.飽きない人は楽しいことがない

飽きない人は実は楽しいことがない人なのかもしれません。
彼らは他に楽しいことが全くないのでしょう。

私も人生で楽しいことがほとんどありませんので、他に行くことも結局なかったのです。
実は結構悲しい人生なのかもしれませんね(笑)

4.飽きない人は不器用

飽きない人は一方で不器用です。
正直すぎて、融通が利きません。
ですが、上記でも述べた様に、追求できることには食事を忘れるほどのめり込んでしまうのです。

これも3につながりますが、結局他に何も楽しくないし、何もできないのです。

5.興味があっても続かない事には手を出さない

これは性格もあるので、望んで出来ることではないのかもしれませんが、1つの思考材料としてご活用ください。
人間誰しも何でも挑戦したほうがいいのは分かりきっています。
しかし、何故あえて「興味があっても続かない事には手を出さない」と考えるのか。

挑戦心を捨てているわけではないのです。衝動的でないだけなのです。

まず、飽きない人は探求者がほとんどです。
その探求者は探求に喜びを見出し、自身の成長などに幸福を感じます。
つまり、根本的に「継続=力=喜び」という思考が前提にあります。

簡単に言えば、RPGでレベル上げやステータス上げしているのがひたすら好きな人なのです。

恐らくですが、こういった方々は継続できない事は時間の無駄と切り捨てるのではないでしょうか。
まずこの取捨選択を行う事がほとんどの方はできないのです。
切り捨ては時として批判を食らいます。
これが、多くの人を臆病にしている原因だと思いますが、彼らは言い方を悪く言えば自分の成長にしか興味がないのです。
他人に興味がないのかもしれません(笑)
(故に孤独である方が多いのではないでしょうか。本人は気にしてないと思いますが)

人間の人生は有限です。いつか必ず死にます。それは明日かもしれません。
その為には自分の全力を注げるものにこそ使うべきであると考えます。
中途半端に取り組むような事に時間を使っても力になりませんし、まず楽しめません。
これが3や4でも述べたような「実は楽しいことがない」の中身なのかもしれません。

ただし、新たに始める分野が、自分の探求した分野とリンクできるのであれば、柔軟に取り入れるという一面も持つのです。

6.実は適当

適当というと聞こえが悪いですが、要は適度な量なのです。
もしかしたら、細かい部分で手を抜きまくっているので実はそれほど疲れていないのかもしれません。

5でも述べた様に、根本的に続かない事は最初から捨てています。
なので、細分化された中にあるどうでもいいことも実は結構捨てているのかもしれません。
実は普通の人以上にめんどくさがりだったりすのです。

(実は私は5年以上、毎日と言っていいほど朝昼晩同じもの食べているのですが、そもそも食事が面倒なので食べているだけなのです。最も、それらが好きなので続いているのも事実ですが、要はめんどくさいのです笑。メンドクサイので分量も素材も常に同じです。)

7.飽きない人は結局楽しい事しかしていない

しかし、結局は飽きない人というのは、楽しい事しかしていないのではないでしょうか。
どうでもいい事をやらないので、続いているだけなのではないでしょうか。
(最も、他人の視点からどうでもいいことに映っている可能性は大いにありますが…。)

正直になりましょう。これ結論でいいですかね(笑)

飽きない人になろうとせず、飽きにくい人を目指しましょう

いかがでしたか?

こう見ると、飽きない人は偏屈だと思います。
ただ、性格的に違っているのに、普通にマネするのであればただ苦痛でしかないのは目に見えています。
なので、無理にマネして近づこうとせず、今よりも飽きにくくなるぐらいで、ちょっと取り入れる程度でやってみてください。

もしかしたら、今よりも物事が続いて、それが役立つ時が来るかもしれません――

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コメント/情報提供
  1. まめ太郎 より:

    すごい参考になりました

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